大阪地方裁判所 昭和41年(ワ)3253号 判決 1969年7月12日
主文
一、被告山口敏子は原告に対し別紙目録(一)記載の土地につき福井地方法務局昭和三三年九月一八日受付第九、〇八九号所有権移転請求権保全仮登記に基き昭和四一年三月一一日附代物弁済を原因とする所有権移転本登記手続をせよ。
二、被告山口一馬は原告に対し別紙目録(二)記載の建物につき福井地方法務局昭和三三年九月一八日受付第九、〇八九号所有権移転請求権保全仮登記に基き昭和四一年三月一〇日附代物弁済を原因とする所有権移転本登記手続をせよ。
三、被告杉森王子は原告に対し第一項及び第二項の本登記手続について承諾せよ。
四、被告大橋秀孝及び被告田村佐太彦はそれぞれ原告に対し、第一項及び第二項の所有権移転本登記手続完了を条件として、別紙目録(一)記載の土地及び同目録(二)記載の建物を各自明渡せ。
五、訴訟費用は被告等の負担とする。
事実
当事者双方の申立、事実上及び法律上の陳述は、別紙要約書に記載のとおりである。但し請求の原因に対する答弁第一項を、「第一項前段の主張事実は全被告共争う。同後段の主張事実は全被告共認める。」と訂正する。
立証(省略)
理由
一、請求原因第一項前段記載の原告の旧高田事務器株式会社時代以来の合併等組織の変更の経過と、これに伴なう旧竹村棉業株式会社の権利義務の包括的承継(旧竹村帝商株式会社時代を経たのち旧商号帝人商事株式会社を経て合併により原告に至る)の事実は、成立に各争のない甲第四ないし第六号証により、これを認めることができる。
二、別紙目録(一)記載の土地(以下本件土地と称する)がもと訴外亡山口慎一の所有であつたこと、同人が昭和三五年七月二五日死亡し、被告山口敏子が相続人となり、同人の権利義務を包括的に承継し、所有権移転登記(成立に争のない甲第二号証によると昭和四〇年九月一一日所轄法務局受付である)を経たこと、別紙目録(二)記載の建物(以下本件建物と称する)が被告山口一馬の所有であること、本件土地及び建物につき、請求原因第二項末尾に記載する昭和三三年九月一八日受付原告主張の所有権移転請求権保全仮登記がなされていること、また右土地建物につき原告主張の根抵当権設定登記があつたこと、以上は当事者間に争がなく、右各登記の原因関係についても、原告が請求原因第二項に主張する、昭和三三年九月一〇日付竹村棉業株式会社と訴外株式会社誠商会間の継続的取引に関する根抵当権設定契約(その内容につき同項(イ)及び(ロ)に記載するものによる、(ハ)及び(ニ)については争がある)があることは同じく争がない。本件土地につき竹村棉業株式会社のために代物弁済予約のあつたことは被告山口一馬を除く被告等と原告の間で争がなく、被告山口一馬との間でも、成立に争のない甲第三号証によればこれを認めることができる。
右認定事実と、官公署作成部分については争がなく、その他の部分も証人福渡正二の証言により真正に成立したと認める甲第一号証(但し被告山口一馬は全部の成立を認める)及び前出甲第二号証、成立に争のない甲第三号証を綜合すれば、前認定の根抵当権設定契約並びに代物弁済予約は、竹村棉業と前記誠商会、連帯保証人兼担保提供者山口慎一及び同被告山口一馬間に、甲第一号証の書面の作成をもつてなされたのであるが、これには原告主張の請求原因第二項(ハ)及び(ニ)の条項が約定事項として挿入され関係者の承認を得ていたことが認められる。
三、原告は本件土地建物の代物弁済の前提たる継続的商取引契約の解除及び予約完結権の行使による所有権取得につき、昭和四一年二月一〇日付、及び同年三月九日付書面で関係者に対し請求原因第五、六項記載のとおり意思表示したと主張しているところ、各成立につき争のない甲第八ないし第一〇号証の各二、官公署作成部分についてはいずれも成立につき争がなくその他の部分については証人福渡正二の証言により各真正に成立したと認める右甲号各証の各一と同第七号証によれば、右意思表示及びその到達の事実を原告の主張のとおり認めることができる。
しかして、右通知書にも明示されているところであるが、原告は旧帝人商事株式会社の時代である昭和三九年九月に、前記誠商会の内整理に遇つているのであり、この時期を境に原告が誠商会との取引を取止め、両者間の清算のみを残した関係に立至つたことは、弁論のうえで明らかといつて差支ないが、右内整理の時期の残債権額については前記甲号証と証人福渡正二の証言によれば、これを原告主張のとおり相殺後において金二、〇四三万五、三〇三円であつたと認めることができるところ、これに対し、被告等は、別紙に記載の明細による約束手形で、原告が所持人であつても正権原を立証し得ないと争う四六通分合計金一、四二二万四、一二三円の存在を挙げるが、証人松倉進、同山口淳三の各証言によつても、右抗争は全然理由のないことが明らかである。
四、前記内整理については、訴外協和商事株式会社がこれに関与し、誠商会としては爾後その名による業を廃止したことについては、当事者間に争がない。そこで、被告等は、右訴外会社の関与した内整理によつて、誠商会はすべての債務の免責を受けたと抗争するから、この点を考えるのに、結局右主張については確たる証拠はないと認められる。なるほど原告自ら、右訴外会社が債権者委員長の地位に就き、その資格において本件土地建物を除く一切の積極財産の取得をなし、これを条件として債権者会議の決議に従い、原告に対しても弁済金三四〇万三、一〇〇円の支払をなしたことを認めており、また証人松倉進、同山口淳三の各証言によれば、訴外会社の配当は二割を基準としてなされたもので、一般債権者は右二割の配当をもつて満足し、その結果誠商会の内整理は円満に落着していること、その後訴外会社は誠商会の岐阜にある営業所を引継ぎ使用し営業していること、並びに債権者会議の前後に、原告が根抵当権によつて担保されている債権元本極度額金二〇〇万円を当然の権利として主張し、それ以外にも自己の権利のあるものは取る旨明言したことはなかつたのを一応認めることができるが、誠商会と竹村棉業株式会社時代以来の原告の継続せる取引関係と、これが担保としての本件土地建物の提供につき前認定のとおりであつた事事関係に照らすと、訴外協和商事株式会社が誠商会の債務を引受けたものであつたとしても、原告との関係では、右債務引受が原告主張のとおり重畳的であることを非合理且つあり得べからざることゝし一概に否定し去る訳にはいかないし、事実の有無は結局被告等の立証いかんによるというべきところ、結論を左右するべきそれ以上の証拠はないというのが相当である。
右内整理をもつて被告山口一馬がその保証契約上の債務を一切免責されたとする同被告の抗争についても同様であつて確たる証拠はなく、従つてこの主張を認めることもできない。
五、被告山口敏子は更に遡つて、同被告の原告に対する債務の包括承継に関する抗弁事由を主張しているから、次にこれを検討するのに、同被告が亡夫山口慎一の死亡により同人の株式会社誠商会に対する関係から生じた原告への担保物件提供者たる地位と、継続的保証関係における連帯保証人たる地位とを二つながらに相続したことは前認定のとおりであるところ、弁論のうえからすれば、そのいずれの基本たる債権も、誠商会が竹村棉業時代以来継続して繊維類商品を買付けて来た代金債権であることは極めて明らかである。
しかしながら、本訴で争点となるのは物上保証人たる同被告の権利義務であつて、連帯保証上のそれではない。仮りに同被告の連帯保証上の責任に減縮ないし免除の事由があるとしても、特段の事由がなければ、それが反映して同被告の所有担保物件上の負担の減縮ないし免除を来すべき筋合はないのが法の一般原則である。同被告がいうように、原告の代物弁済の予約完結権行使の基本となる債権は山口慎一の死亡後に生じたものであり、このことは原告も敢えて争い得ない事実ではあるが、その故に原告が同被告に対し夫死亡後の誠商会との取引上の債務から生ずる同被告の責任につき何程かの変更を許したとの事実については主張立証がいまだないのであるし、同被告の側からも前記誠商会の内整理の時期までの間に(右時期に責任の範囲が顕在化するから)そのような企図に出たとの主張立証もまたしていない訳であるから、同被告の意思にかゝわりなく誠商会との取引が維持されたということ自体によつて、むしろ同被告所有物件上の責任の物的性格が端的に表明されているといつてよい。更に物件所有者の資力の状況が直接右判断を変えしめるものでないことは明らかであるから、現在における同被告の生活の困窮度にまで審理を進める必要もない。
次に継続的取引関係にある相手方であつても、会社が合併吸収等組織上の変更をなした場合、従前の取引上の債務につき保証契約していた者は、これを期として債務の消滅を見るとの被告の主張については、これが延いて物的担保提供者たる者の責任の減縮ないし免除にまで言及していると解しても、基本たる取引契約及び根担保関係の法律上当然の移転という法律効果の発生並びに物上保証人の前示責任の性格に照らして、いうまでもなく右主張は採用できない性質のものであるといわねばならない。
同被告は更に原告の合併に関し通知がなかつたことを特別の抗弁事由にしているが、会社の合併により旧時の権利義務は当然に合併後の会社に承継されるから、取得している債権の承継による移転については特別の通知を要しないと解することができ、この点の原告の主張は理由がある。
以上の次第で同被告の抗争はすべて理由がない。
六、そこで進んで被告等の代物弁済予約の消滅に関する抗弁について判断する。
まず事実関係につき、被告山口一馬所有の本件建物につき、昭和四〇年七月一日売買を原因として訴外竹内由一、同斉木捨二に対し同月二日付所有権移転登記がなされ、右両名から更に同年九月一一日付をもつて被告杉森王子に対し所有権移転登記がなされたこと、被告山口敏子所有の本件土地についても前同日被告杉森王子に対し所有権移転登記がなされたこと、並びに右両物件にかゝる前掲記原告の根抵当権に関し前記竹内由一、斉木捨二両名が原告に対して根抵当被担保債権元本極度額相当の金二〇〇万円を供託中のところ、原告がこれを同年一二月中に受領し、代位弁済ありたるものとして根抵当権の消滅事由を生じたとすることは、いずれも当事者間に争がなく、弁論のうえから同月二八日付根抵当権抹消登記が権利の放棄を原因としてなされたことも当事者間に明らかに争がない。
次に各成立に争のない甲第一二、一三号証の各一、乙第一号証、同一二号証の二、証人福渡正二の証言により各真正に成立したと認める甲第一二、一三号証の各二、証人竹内由一の証言により各真正に成立したと認める甲第一四号証の一、二、同第一五号証、乙第三号証、同第六号証(但し官署作成部分はその方式及び趣旨に照らして公文書として真正に成立したと認める)、同第一二号証の一、及び証人右両名の各証言を綜合すれば、被告山口一馬はかねて被告山口敏子の依頼も受けており、昭和三七年九月訴外竹内由一に対して株式会社誠商会のために本件土地建物を担保として金員の借用を申込み、金一一〇万円を借受けていたが、その弁済期限も既に過ぎ前記内整理に入つた後の同四〇年六月二日、右両名から更めて右竹内に対し金四〇〇万円をもつてこれを売却することゝし、右竹内に対する債務の支払にも充てることゝしたこと、竹内は、原告が根抵当権債権元本極度額金二〇〇万円を有しており、山口両名からはこの被担保債権額を示されてその整理のための交渉権限も与えられていた関係にあつたため、昭和三九年一二月頃から再三にわたり原告本店まで出向き用談を申入れたのであるが、意の通じる機会はなかつたこと、かくて数回目の機会である同四〇年九月原告審査部長である福渡正二と面談した際も竹内は右趣旨で交渉したのであるが、債権額も相当あり物件に仮登記も付いていることであるからとの理由で到底応ぜられない旨述べられて話合は物別れに終らざるを得なかつたこと、次いで同年一〇月五日、竹内は自らの名前で、「原告から確定債権額として請求を受けた金二〇〇万円を任意支払のため昭和四〇年九月三日代位弁済の提供をなしたが、原告は受領を拒んだ」との原因で右金員の供託に出たこと、供託通知に対して原告は竹内に対しその真意をたゞちに問合わせたが、右のような供託原因たる原告が確定債権額としての請求をなした事実はなかつたので、原告が抱いた不信は竹内において容易に解くことができず、竹内が希望した第三取得者としての本件土地建物上の負担の消滅も、当事者間に話がその後も一向に進まずに終り、半ば竹内の意表に出る結論として、原告の判断に基く根抵当権抹消登記だけの完了、仮登記の残存という事態に及んだこと、以上の事実が認められる。
同一物件について債権者が根抵当権又は抵当権の設定を受け、併せて、代物弁済予約をなし所有権移転請求権保全仮登記を経由するのは巷間に多くの例を見るものである。原告は本件土地建物につき設定せられたる根抵当権につき、債権元本極度額を超える債権を有しておりながら、登記により公示した右極度額の供託金を受領し根抵当権の抹消をなし、一方で物件の時価査定をなし残債権額をもつて予約完結権の行使をしているのであるから、これをもつて見れば、本件根抵当権と代物弁済予約とは結果的には異なる領分で機能を果したことになり、代物弁済予約が重畳的な債権担保の手段として用いられたのは見易いが、だからといつて、担保の手段が併置されたこと自体並びに実行の面で法律上別段の背理、不適合があつたと指摘することは困難といつてよい。両者が実定的な機能のうえで全く相蔽うという訳ではないから、性質上明確で権限の公示により効果のある根抵当権について、原告が竹内のために権利を放棄したとして、竹内について異存があるとすれば、これを機として円満に物件上の負担を整理し、折角被告山口両名の立場も考えて取得者となつた同人の問題解決に寄せる期待を無にしないで欲しいという事実上の利益がそこに表されているといつてよい。右のような事実上の利益も法律上の保護が与えられないでよしとするのではないが、しかし、前記のように、竹内において交渉の過程で既に原告から相当の債権額があることを告げられていたのであるとすれば、原告が意外の結論を出したことに竹内にも一半の責任は認められ、延いて原告が根抵当権は消滅を認めたが代物弁済予約上の権利は放棄しないと主張するのを妨げるだけの事由は、竹内に備わつていないというほかはない。
従つて、結局この点の被告等の抗争は理由がなく採用できない。
七、第二項以下前項までの認定事実と、証人竹内由一の証言によつて認め得る本件土地建物の時価(昭和四〇年六月に金四〇〇万円をもつて売買され、土地の三・三平方米当りの単価が現在約金五万円であるとされる)とを綜合判断すれば、原告が本件土地建物につき、前顕甲第一号証により合意を得ている代物弁済予約に基づき、昭和四一年三月九日付書面で、物件の価額を金八〇〇万円と評価してなした予約完結権の行使は有効で、その意思表示の到達をもつて本件土地建物の所有権は確定的に原告に帰属したものというべきである。但し被告山口敏子に対する意思表示は昭和四一年三月一一日に到達しているので、請求の趣旨における登記の原因は同月一〇日とあるもこれを右日附に訂正すべきである。
しかして、代物弁済予約完結権の行使ある場合には、約諾の趣旨から、債務者は所有権移転登記手続義務を負うものと解すべきが妥当であり、既に仮登記があるのであるから、被告山口敏子、同山口一馬はそれぞれ本件土地と本件建物につき原告請求のとおり仮登記に基づく所有権移転の本登記手続をなすべき義務がある。
八、被告杉森王子について、同人が本件土地建物につき現在の所有名義人であることは前掲記のとおりであり、且つこれが原告の前記仮登記に後れるものであることは弁論のうえから明らかであるから、仮登記の順位保全の効力に従い、同被告に対し原告が前項の本登記手続について承諾義務を求める請求は、もとより理由がある。
九、被告大橋秀孝、同田村佐太彦に関する本件土地建物の占有の状況については当事者間に争がなく、前項までの認定事実に照らせば、同被告等の占有が原告に対し対抗し得べき権原に出ていないこともまことに明らかであるから、両被告に対する原告の本訴請求は同じく理由がある。
一〇、以上原告の請求はすべて理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(別紙)
事実関係の要約
(原告の求める裁判)
「一、被告山口敏子は原告に対し別紙目録(一)記載の土地につき福井地方法務局昭和三三年九月一八日受付第九、〇八九号所有権移転請求権保全仮登記に基き昭和四一年三月一〇日附代物弁済を原因とする所有権移転本登記手続をせよ。
二、被告山口一馬は原告に対し別紙目録(二)記載の建物につき福井地方法務局昭和三三年九月一八日受付第九、〇八九号所有権移転請求権保全仮登記に基き昭和四一年三月一〇日附代物弁済を原因とする所有権移転本登記手続をせよ。
三、被告杉森王子は原告に対し第一項及び第二項の本登記手続について承諾せよ。
四、被告大橋秀孝及び被告田村佐太彦はそれぞれ原告に対し第一項及び第二項の所有権移転本登記手続完了を条件として別紙目録(一)記載の土地及び同目録(二)記載の建物を各自明渡せ。
五、訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決(主文同旨)
(その請求の原因)
一、原告はもと高田事務器株式会社と称していたが、昭和三八年一二月一四日竹村帝商株式会社と社名を変更し、昭和四〇年六月一九日下記訴外帝人商事株式会社を吸収合併し同時に現商号となつたもの、右帝人商事株式会社はもと訴外竹村棉業株式会社と訴外帝人商事株式会社とが昭和三五年一〇月一日合併して新設せられた竹村帝商株式会社が後に原告に吸収されるまで昭和三九年一一月二七日以降使用していた商号による会社である。従つて、原告は吸収合併に伴ない訴外竹村棉業株式会社の権利義務一切を包括承継したものである。
一方被告山口敏子はその夫である訴外亡山口慎一が昭和三五年七月二五日に死亡したので、相続人として同人の権利義務を一切承継したので別紙目録(一)記載の土地につき相続による所有権移転登記も経ているものである。
二、ところで、訴外竹村棉業株式会社は、死亡時まで山口慎一が代表取締役に就任していた訴外株式会社誠商会との間で、継続的取引をなすにつき、昭和三三年九月一〇日、右取引より発生する債務の担保につき、概略次のような事項の取極めを契約した。
(イ) 誠商会が竹村棉業に対し当時負担し並びに将来負担するべき債務につき、山口慎一及び被告山口一馬は連帯保証人となる。
(ロ) 別紙目録(一)記載の土地は、もと福井市志比口町四字六番の五宅地二二坪二合及び同町同字九番の二宅地九〇坪の二筆上の権利義務が土地区劃整理により昭和三七年六月二七日移転したものであり、山口慎一の所有であつたもの、同目録(二)記載の建物は旧地番が前記同町同字九番地の二であつて被告山口一馬の所有であるが、右両名は、債権極度額金二〇〇万円として、これに根抵当権を設定する。
(ハ) 右根抵当物件については、右山口慎一、被告山口一馬において、他に抵当権の設定、所有権の移転、賃借権の設定等竹村棉業の根抵当権の実行を阻害する一切の行為はしない旨約する。
(ニ) 左の事由が発生したときは、竹村棉業において継続的取引契約を解除し、竹村棉業が誠商会に対して有する債権全額について期限が到来したものと看做し、その全額につき根抵当権を実行し得るのは勿論、竹村棉業の選択により根抵当物件の価額を残存債務額と同額と看做し又は竹村棉業が適正に認定した価額をもつて、その債務の弁済に代えて所有権を取得することができることとする。
(一) 誠商会が竹村棉業に対する債務の一部でも履行を遅帯したとき
(二) 本契約の条項に違背したとき
竹村棉業は次いで昭和三三年九月一八日土地については前記のように土地区劃整理による変更以前の土地二筆につき、建物については旧地番をもつて、土地建物に対する福井地方法務局昭和三三年九月一八日受付第九、〇八八号根抵当権設定各登記及び同日受付第九、〇八九号所有権移転請求権保全各仮登記を経た。
三、しかるに、右約旨に反して、被告山口一馬は、昭和四〇年七月一日、根抵当物件たる前記建物につき訴外竹内由一及び同斉木捨二に対して各持分二分の一宛所有権を移転し、同月二日その登記を経たし、前記のとおり山口慎一の権利義務を承継した被告山口敏子は、同年九月一〇日根抵当物件たる前記土地につき、これを被告杉森王子に対し所有権を移転し、なお同被告は前記竹内由一、同斉木捨二から建物の所有権を取得し、同月一一日土地及び建物につき所有権移転登記を経た。
四、一方被告に対する竹村棉業の権利義務を承継した竹村帝商株式会社の時期に、同社は誠商会に対して昭和三九年九月三〇日現在で売掛金債権として合計金二、一二九万〇、一八八円を有し内金二、一一〇万八、三二四円については支払のため約束手形合計八九通を受領していたが、同日現在で同社が誠商会に対して負つていた買掛金債務は合計金八五万四、八八五円であつたから差引売掛残債権額は金二、〇四三万五、三〇三円に達していた。
しかし、同年一〇月一日以降昭和四一年二月一〇日までの間に左のような債務の弁済があつたから、弁済総額金六四三万二、一〇〇円を控除すると、残債権額は金一、四〇〇万三、二〇三円である。しかしこれに対しては履行がなかつたものである。
(イ) 訴外協和商事株式会社の債務引受による弁済金三四〇万三、一〇〇円(但し、昭和四〇年三月三一日と同年五月三〇日支払分合計)
(ロ) 上記以外の担保提供者である訴外江端恵太郎の昭和四〇年三月三一日代位弁済金八〇万円
(ハ) 訴外山口淳三の昭和四〇年一〇月三〇日代位弁済金九、〇〇〇円
(ニ) 被告山口敏子の弁済金二二万円(但し昭和三九年一一月三〇日以降昭和四〇年九月二九日に至る一一回毎回二万円宛の支払分合計)
(ホ) 訴外竹内由一及び同斉木捨二が昭和四〇年一〇月一〇日代位弁済金として供託した金二〇〇万円(同年一二月一三日受領)
五、前二項のような契約違反の根抵当物件の処分及び売掛代金債務不履行を原因として、原告は誠商会に対して昭和四一年二月一〇日継続的商取引契約を解除し、併せて金一、四〇〇万三、二〇三円を同月末日までに完済するよう通知し、右通知は同日右商会に到達した。
六、原告は前記契約中の特約に基き、債務不履行にかかる残債権の一部の弁済に充てるため、被告山口敏子、同山口一馬、同杉森王子に対し、昭和四一年三月九日、別紙目録(一)(二)記載の土地及び建物合計時価金五四〇万円相当を、金八〇〇万円と高額に評価し、右金額で代物弁済に充てる旨予約完結権行使の意思表示をなし、右意思表示は同月一〇日被告山口一馬、同杉森に、同月一一日被告山口敏子に到達したから、これにより本件土地建物の所有権は確定的に原告に帰属するに至つた。
七、被告大橋秀孝及び同田村佐太彦は目下目録(二)記載の本件建物に居住し、建物及びその敷地たる本件土地を共同して占有している。
八、原告は所有権に基き被告山口敏子に対し本件土地の、同山口一馬に対し本件建物の、それぞれ前記仮登記に基く昭和四一年三月一〇日附代物弁済を原因とする所有権移転本登記手続をなすよう、また被告杉森王子に対しては右本登記手続請求につき不動産登記法第一〇五条に基く承諾をなすよう、更に被告大橋秀孝、同田村佐太彦に対しては明渡に応じない惧れがあるので、原告の本件土地建物に対する所有権移転本登記完了を条件として本件土地建物を明渡すよう、本訴により求める。
(被告等の求める裁判)
「一、原告の請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
(原告の請求の原因に対する答弁)
一、第一項の主張事実は全被告共争う。
二、第二項の主張事実につき、被告山口一馬は、その(ハ)記載事項及び(ニ)記載事項中根抵当権実行の限度がなく債権全額であるとの点と同人所有建物に関する代物弁済予約及び代物弁済の条件たる契約条項違背の条項を争い、他は認め、但し根抵当権実行の限度は金二〇〇万円の約であつたものである、と述べ、その余の被告は、山口慎一にかかる(イ)(ロ)記載事項と同人所有土地につき代物弁済予約のあつたこと及び登記関係のみを認め、その他の主張事実は全部争う。
三、第三項の主張事実を全被告共認める。但し約旨違反との主張を争う。
四、第四項の主張事実を全被告共争う。現に原告の手にある約束手形には、振出日の記載を欠き無効のもの計一六通金額合計金二五四万六、五九〇円、訴外者(株式会社福井銀行)に裏書譲渡済で原告が権利者でないもの計二六通金額合計金一、〇六四万六、五五九円、同じく訴外者(福井信用金庫)に裏書譲渡済で原告が権利者でないもの計四通金額合計金一〇三万〇、九七四円、各明細は別紙のとおりのものが含まれているし、山口慎一の死後誠商会の代表取締役となつた被告山口一馬も昭和三八年一〇月七日以降病臥並びに後遺症状のため業務に携れず、誠商会はそのまま、翌三九年九月倒産したのである。
なお誠商会の債務については後記抗弁のとおりである。
五、第五、六項の主張事実を全被告共争う。
六、第七項の主張事実につき、被告杉森、同大橋、同田村は、これを認める。
七、第八項の主張は各被告共争う。
(被告等の株式会社誠商会の債務に関する主張―仮定抗弁)
一、仮りに原告主張の誠商会の残債務金一、四〇〇万三、二〇三円があつたとしても、誠商会は債務超過により昭和三九年九月中旬内整理を行い、訴外協和商事株式会社が一切の債権債務を承継して誠商会は廃業し、誠商会はすべての債務の免責を得た。
(被告山口敏子の責任に関する主張―仮定抗弁)
二、被告山口敏子は夫山口慎一生存中も株式会社誠商会の営業について一切関係しなかつたが、仮りに相続により山口慎一の連帯保証債務を承継したにせよ、承継した債務は夫慎一生存中の範囲に限られる。連帯保証人が死亡した後に継続取引をなしたからといつて、特別事情がないのであるから、保証期間や保証限度額の定めがあると否とに拘らず、単に保証人の相続人であるからというだけで新な取引上の債務の責任を追及されるいわれはない。
(前同)
三、仮りに前項の主張が認められないとしても、被告山口敏子が夫慎一の債務を承継したのは昭和三五年七月二五日であるところ、誠商会と取引のあつた竹村棉業株式会社が帝人商事株式会社と合併して竹村帝商株式会社を新設したのは同年一〇月一日で、その後原告会社に引続き合併、吸収等があつたと原告自ら認めているのであつて、継続的取引における保証契約の相互の信頼関係から考えると、取引の相手方会社の合併があれば、これを期として従前の保証契約は特別の事情のない限り消滅するというべく、同被告の債務は、従つて消滅に帰した。
(前同)
四、仮りに右主張も容れられないとしても、原告主張の前記竹村帝商株式会社への合併、原告への吸収合併(昭和四〇年六月一九日)は、いずれも被告山口敏子に知られず、債務承継につき何ら通知を受けたことはなく、もちろん同被告から承継を承諾した事実はなく、原告はその主張の債権を同被告に対抗できない。
(被告山口一馬の債務に関する主張―仮定抗弁)
五、同被告は前記昭和三九年九月中旬の内整理に伴なつて、その際保証契約上の債務を一切免責された。
(被告等の代物弁済予約の消滅に関する主張―抗弁)
六、被告山口敏子及び山口一馬は、それぞれ所有の本件土地と本件建物を、共同して、訴外竹内由一、同斉木捨二の両名に対し、昭和四〇年六月二日代金四〇〇万円で売渡し、代金も授受を了して土地については相続登記未了のため登記をせずにいた同年九月三日、右両名より金二〇〇万円を原告に提供して根抵当権消滅の申出をなしたところ、拒絶されたので、同年一〇月五日右両名より右金員を供託中原告がその還付を受けたのであるが、原告自陳の同年一二月一三日の代金受領(代位弁済)により本件土地建物に対する根抵当権は被担保債権の消滅により消滅し、同時に代物弁済予約も消滅したものである。
右根抵当権の消滅は、いわば原告の権利の抛棄によるものであるから、同一契約証書による代物弁済予約が失効すべきことは疑がない。
(被告杉森、同大橋、同田村の本件土地建物占有に関する主張―抗弁)
七、本件建物は、適法に所有権を取得し且つ登記を経た被告杉森において、被告大森、同田村に対し、賃料一ヶ月金三、〇〇〇円をもつて賃貸中であり、同被告等両名は原告に対抗し得べき権限がある。
(被告等の抗弁一に対する原告の応答)
一、被告等の主張事実中、誠商会の廃業のみ認め、他を争う。昭和三九年九月一日頃誠商会が倒産後、同会社の債権者が集つて対策を協議した結果、債権者会議の委員長格たる訴外協和商事株式会社が誠商会の有していた一切の積極財産を代物弁済によつて取得することを他の債権者が了承する反面、右訴外会社は誠商会の商取引上の債務につき債務額の二割を限度として重畳的に債務引受をなすこととし、右債権者会議の決議に従い、原告は上記のように弁済金三四〇万三、一〇〇円の支払を受けたのである。
(被告山口敏子の抗弁二に対する原告の応答)
被告山口敏子は単に夫山口慎一の人的債務を承継しただけに止まらず、竹村棉業との間の継続取引に基く債務に対する担保物件所有権の承継取得をもしたのであつて、保証責任を免れる理由がない。
もつとも、原告主張の残債権額金一、四〇〇万三、二〇三円が、山口慎一死亡後に生じた取引上の債権であることは認める。しかし、継続取引上将来負担することあるべき債務の連帯保証であつても、本件では継続取引の保証契約上責任限度額を明示してあるのであるから、被告の主張は理由がない。
(右の点に関する原告の再主張)
仮りに被告山口敏子の連帯保証債務非承継に関する主張が認められるとしても、前記のように同被告は原告に対し長期間にわたり金二万円宛合計金二二万円を支払つているので、同被告は、右行為により、夫山口慎一の死後発生する誠商会の原告に対する債務につき連帯保証する旨明らかにしたものである。
(同被告の抗弁三に対する原告の応答)
会社の合併に基く保証債務の当然消滅は、到底認められない。
(同被告の抗弁四に対する原告の応答)
会社の合併による債権の承継については民法第四六七条の規定による対抗要件具備を要しないとするのが確乎たる判例で、被告の主張は認められない。
(被告山口一馬の抗弁五に対する原告の応答)
同被告の主張事実を争う。
(被告等の代物弁済予約消滅の抗弁六に対する原告の応答)
被告等主張の代位弁済受領と、その際の本件土地建物に対する根抵当権消滅は、これを認める。しかし、右根抵当権の消滅は原告が自発的に放棄したものではあるけれども代物弁済予約完結権を抛棄したことは全くないし、自動的に消滅するいわれも全くない。
(被告杉森、同大橋、同田村の主張に対する原告の応答)
被告等の主張事実を争う。
(原告の再主張に対する被告等の応答)
原告の主張事実を争う。被告山口敏子の資産、家庭の状況に照らして原告の主張事実は虚構も甚だしいものである。
(別紙)
目録
(一) 福井市志比口町二丁目四〇二番
宅地 二六八・二五平方米(八一坪一合五勺)
(二) 同所同番地
家屋番号
一、木造瓦板交葺二階建居宅
床面積一階 八九・二八平方米(二六坪九合九勺)
二階 三九・六六平方米(一二坪)
(別紙)
被告主張の無効の約束手形一六通の一覧表
いずれも支払地、振出地福井市、支払場所は福井信用金庫松本支店、振出日は白地、振出人株式会社誠商会、受取人竹村帝商株式会社で、額面と支払期日は次のとおり。
<省略>
<省略>
(別紙)
被告主張の譲渡済原告の無権利の約束手形二六通の一覧表
いずれも支払地、振出地福井市、振出人株式会社誠商会、受取人竹村帝商株式会社、被裏書人株式会社福井録行で、額面、支払期日、支払場所、振出日、裏書日は次のとおり(支払場所につき福井銀行木田支店を甲、福井信用金庫松本支店を乙と略記する)
<省略>
<省略>
(別紙)
被告主張の譲渡済原告の無権利の約束手形四通の一覧表
いずれも支払地、振出地福井市、振出人株式会社誠商会、受取人竹村帝商株式会社、被裏書人福井信用金庫で、額面、支払期日、支払場所、振出日、裏書日は次のとおり(支払場所の略記につき前と同じ)
<省略>